#長すぎ #家族 #デトックス #自己満?

別居からもう7ヶ月。

振り返れば、1年前半前の話になろうとしていますが、精神的には落ち着きました。

身体も、今は元には戻らないけれど、

きっと戻れる日は来ると思っています。

 

そして、普通の生活をしていると、

お薬がどのくらい凄いのかを知ると共に、

もう自分には必要ないと実感し始める

今日この頃です。

 

完治までは至らないけど…。

時間が癒してくれる。

時間薬に頼ることが、大切な自分を守る方法と

知ることが出来たからです。

 

でも、不安に襲われる日があると、

怖くてたまらない。

 

例えば、朝から機嫌が良くないとか、

きっと実家から戻れば、

薬が手放せなくなると思ってしまう時とか、

 

辛い事があった時にこの薬がなければ、

安心して必ず「眠れる能力」を

実現出来なくなってしまうのでは?と、

思ってしまいます。

 

そんな事ない!って、

解っていても、

頭の中に警笛を鳴らす誰かがいる。

 

その不安が、

地方の生活に戻る事を

消してしまいそうになるのです。

 

だから、旦那さんも

「もうやり直す気はないなら…」と

希望の光が見えては、消える。

 

 

それに仕事と家事と育児の両立が、

出来ない怖さ。これが一番の嫌です。

 

どれかを優先したら、

どこかにしわ寄せが来る。

のし掛かる責任感に、

生活をがんじがらめにされて、

「私」の望みにある理想が離れていく。

 

 

仕事をしたり、家事をしたり、

子どもと過ごせば、

身体と心は疲弊する。

 

そんな毎日の中に、

食す楽しさよりも、倒れる「楽」を

選んでしまうのでは?と思ってしまうのです。

 

ご飯を作れない?家事をしない?

そんな、子どもの将来が怖くてたまらない。

 

ソンナ、オヤはハハオヤシッカク!

ダッタラ、仕事トカヤメロ!

コドモヲウムナヨ!カワイソウダ。

 

コメント欄の言葉は私の気持ちを蝕んで、

時々、壊していく。

私の心がきしみ、歪み、

それをどこかに発散させるとしたら…?

 

常に癒しを求めていたい。助けてもらって、弱々しくしてれば、皆が甘やかしてくれる。

病気ならば「楽」を知ってしまった。

 

 

不登校児や引きこもりの人は、

こんな気持ちなのかな?

 

自分の不安とは常に戦い続けるから、

本当の「楽」ではない。怖さも先立つ。

未来を想像出来ない苦しみ。

 

未成年にはどんなに辛いだろう。

社会に旅立つ前にこんな経験をしたら、

「いつかまた、挫折したら、こんな風になってしまうのでは?」と怯えなければならないなんて。

 

私ならば、

どんな風に他人に接して貰いたいだろう?

 

未来とは、常に明るく、光っている。

そして、その未来には、まだ親もいる。

 

勿論、毎日は辛いかもしれない

だけど…辛さを知ったから、幸せを感じて生きていけるのではなかろうか?

 

二度とこんな事は起こらないから、

絶対に大丈夫!!

 

それに、一度は経験した辛い気持ちへ

二度とそうならないように、

転び方も起き上がり方もキチンと、

学んだと思う。

 

傷ついた事を癒す方法も癒し方も、学ばなければ分からないし…、でもその方法は一人ひとりの考え方と同じで違う。

だから、学ばなければならない。

 

でも、この傷を知った私は、

同じ事で、誰も傷つけてないと思っている。

こんな風に、励まして貰いながら、

毎日、毎日、笑顔で応援されたい。

頑張ろうねって!!

 

 

確かに、色んな不安に襲われて、戦い、怒り、悲しみ…疲れてしまったのです。

誰にも協力されず、我慢をしてると、

我慢、我慢って言う気持ちの

一瞬が永遠に思え、

 

作る気力も食欲も出ないのは、

食すよりも、倒れると楽なのだ。

皆が優しいと知ってしまった。

 

 

モンモンとする。

 

その原因は?と聞かれると、

協力者が居なかった。

協力者=旦那さん。

 

この人が私を追い詰めた…。

自分だけ、楽をしていた。

私が苦しみの中を歩み、傷つき、

荒れ狂う波の毎日を見ていたのに。

 

この怒りが、苦しみが、私を襲う。

愛されていなかった。

彼は私達から逃げた。

私より大切な何かを持っていた。

その大切な何かは、私の人生に

「私の方が幸せ」と言わんばかりに、

旦那をあなたに返しますと言う。

負けた気持ち…。

 

…。

 

 

しばらくすると、

この気持ちに終止符を打とうと思える。

 

答えが「今」にしかないから。

でも「今」は色んな気持ちを知れてから、

きっと、優しく強い私になっている。

 

私は子どもの為にも、

離婚を踏み止まる勇気がある。

 

困れば、助けてくれる親がまだ生きている。

 

同じ苦しみを持つ仲間がいる。

 

旦那は私の元に戻り、

悲しみを和らげる方法を共に見つけ、

幸せを作りたいと願っている。

 

相手は負け惜しみの言葉を吐いて、

居なくなった。

その彼女への親しみを持っていない。

返しますと言っていたけど、

元々、誰のものでもない。

 

色んな事が普通に思える。

 

その悲しみが「死」と隣り合わせだった頃や、

毎日が「死」と隣り合わせの誰かを見ると、

私の手の中には、幸せが沢山沢山あり、

その中には子どもという、愛の塊が居る。 

 

子どもは常に私を探し、私を見てくれている。

 

子どもの幸せを見ると、頑張ろうと思える。

ごく普通の幸せだけど…掛け替えのない想い。

 

子どもを産めたのは、

私独りの力ではないし、

育てていける充分なお金も、

私だけでは考えきれない。

 

だから、彼のしたことを許すべきで、

不登校児のようになりつつある彼を、

励まし、笑顔で乗り切らなければ!!と、

想い、想われ、家族になろうと思う。

 

きっと悲しみは誰の心にもある。

だけど…愛も誰の心にもある。

だからこそ、生きていけるし、

生きようと思う。

 

悪口とか卑下するのは、優越感の極みだ。

辞めなければ、それはまた自分の苦しみに変わる。

自分が完璧な人間でないと話したいだけだから。

 

子どもへ、不安な心を配る日が来ても、

子どもちゃんを信じ、

希望で心に溢れるように。

やはり、笑顔でいたい。

 

ちょっと…前に進む気持ち、

やっと、理解出来た気持ち。許そうと思えた。

その、初めての許しに驚く。

 

許すって漢字は、なぜ、

言うに馬なのかなぁと思っていたけど…、

馬…。

走りは早いけど、時間としては遅い。

人によって心の開き方を変える。

 

 

それを言えるまでの時間は、遅い。

それを言うことを理解したら、早い。

心の開き方は馬のように、

素直な人間ほど許す許容範囲が広いし、

狭いほど、許せないのかもしれない。

 

こんな風に…昔の人がこの漢字を決めたとしたら、ロマンチックだな。

 

勝手に改めて、馬が好きになっちゃいました!

 

私の子どもは、未年生まれですが、

中身の形成ほぼ午年です。(早生まれ)

なので、臆病なところを時々見せますが、

すぐ忘れてしまい、駆け回って、人の心を上手く見ています。羊に戻るのも、手の内?って思うくらいに戻ります。

 

 

私は本当に丑年なので、馬のごとく早く動く、純真な子どもについていけません。笑

しかし、怒りに達するのは赤い色があれば、

早いのかも!!

 

そして、旦那さんは本当の未年。

きっと臆病者なのでしょう。女々しいメェメェです。でも、4本足の動物同士仲良くして生きたいなぁ。きっと、違う囲いじゃないと喧嘩してしまうけど…。

 

イチローさんの牧場でイヤイヤオー

みたいな。

 

はぁぁ!長い。

 

でも、読んで頂き、ありがとうございました☆

付ける題目もなくて、

今更、ハッシュタグ発信です。インスタはしてないのですが☆

お馬さんに会いに行こうかな?